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心の苦しみを減らして楽を増やすための13の覚え書き
:カウンセラーが語るマニュアルにならない臨床の知恵

 
(出典:『統合失調症のひろば』12号、日本評論社、2018年、p79-83)


石川勇一(法喜楽庵代表臨床心理士、相模女子大学教授)

 
 人間であれば誰でも、心が苦しくなるときがあると思います。そのようなときに、苦しみを少しでも減らし、楽を増やす役立つ方法や考え方を13ほど紹介したいと思います。もちろん、苦しみの内容、重さ、境遇、性格などによって、ぴったりくるものと、あまり合わないものあると思います。ですので、自分に役立ちそうだなと思ったら、取り入れてみてください。ここに紹介する内容は、私の二十年以上のカウンセラー体験で実際に多くの人に役立ったものですし、私自身にも役立っていることです。当たり前と思われる内容もあるかもしれませんが、当たり前のことがなかなかできないのが私たち人間です。必要があるときには、繰り返し言葉を確認して、心に刻みつけて実践したり、考えを深めてみてください。少しでも苦しみが減り、楽が増えたら幸いです。
 
1.自分に合ったストレスへの対処法を複数もつ。
 生きている限りストレスを免れることはできません。しかし、ストレスを減らす対処法はたくさんあります。たとえば、寝る、話す、書く、ひとりになる、運動する、散歩する、風呂に入る、好きなものを食べる、自然に触れる、動物とふれあう、音楽を聴く、歌う、笑う、泣く、本を読む、思索を深める、掃除をする、模様替えをする、忙しくする、マッサージを受ける、などなど。このような対処法は、一時的かもしれませんが、気持ちを切り替え、苦しみを忘れさせてくれたり、和らげてくれるでしょう。もちろん、無理をしてやるのはよくありませんし、やり過ぎてしまうのもよくありません。ほどほどに対処法をためして、心を解放しましょう。
 
2.心が壊れそうなほど苦しくなったら、安全なところに避難して回復を待つ。
 強い立場の人から圧力をかけられたり、集団でいじめられたり、孤立無援になったり、暴言や暴力を受けたり、ショッキングな出来事に直面するなど、過酷な状況に曝されたら、どんな人でも心が壊れてしまうことがあります。そのようなときに、ストレスに直面し続けるのは危険です。まずは、苦しみを与えるものからできる限り離れましょう。自分を守ることを第一に考えましょう。
 災害に遭ったら避難場所に行くように、心の災害に遭ったときも、心の避難場所をもつとよいのです。心が緊張しないでいられる安全な場所を捜しましょう。安心できるところにいれば、動揺したり、傷ついた心も、やがて必ず回復していきます。焦らずに、自分を大切にして、心の変化を見守りましょう。
 
3.終わらない苦しみはひとつもない。
 どんな苦しいことも、絶望に思える状況でも、永遠に続くものはひとつもありません。終わらない嵐はなく、明けない夜はないのと同じです。打ちひしがれて動けないときにはじっとしていても構いません。じっと耐えていれば、やがて状況は変わってきます。自殺は解決にはなりません。もしも死んでも命が終わらずに苦しみが続いてしまったらどうしますか? 死んだあとに後悔してもどうにもなりません。生きていれば、必ず状況は変化し、やるべきことがみつかるときが来ます。
 
4.心が苦しいときには適切な人に助けを求めてもよい。
 心の苦しみが大きくなり、ひとりでは耐えがたく、だれかの支えが必要だと感じたら、信頼できそうな人に相談してみるのもよい方法です。身近に信頼できる人がいなければ、専門家をさがして援助を受けるのもよい方法です。相談してみて信頼できそうにないと感じたら、他を探しましょう。苦しんでいるときに、支えになってくれる人や、よいアドバイスをしてくれる人は必ずどこかにいます。助けを求めることは、まったく恥ずかしいことではありません。人間は苦しいときには、お互いに支え合って生きていく生きものなのです。人に頼り、助けてもらうということも、人生の中で必要な体験です。自分を大切にするために、勇気をもって助けを求めてみましょう。元気を十分に回復できたら、今度は自分が誰かを支えることができるかもしれません。
 
5.怒りを向けられたり、攻撃されたときに、仕返しをしなかったらあなたの勝利。
 怒られたときに、いちいち怒って仕返しをすれば、争いは終わることがありません。お互いに疲れ、消耗するだけです。たとえ相手を打ち負かすことができたとしても、いつ報復されるかわからず、不安が消えることはありません。とても難しいことですが、怒りをぶつけられても、怒りをもたず、報復をせずに対処できれば、やがて争いは終わります。仕返しをしなかった人が、本当の勝利者です。もちろん、感情をしずめて理性的に、間違いを正すことや、迷惑を被っていることを伝えることは問題ありません。
 
6.怒ることは自分を傷つけ、苦しみを増やすものと知ろう。
 怒ることは、怒る対象を傷つけたり、トラブルを大きくするだけではなく、自分自身の心と体を傷つけます。怒っていて幸せな人はいません。ですから怒りは危険なのです。怨みや嫉妬も怒りの一種で、やはり危険です。怒りは自分の苦しみを増大させるのです。楽になりたいと思うならば、できるだけ怒りの感情を静め、怒りを手放すのが一番得なのです。自分の怒りに呑み込まれないことを目指しましょう。

7.主張すべきことは、理性的に伝えよう。
 怒りを手放すことは、不当なことをされたときに泣き寝入りしたり、誰かのされるがままになるということでは決してありません。適切な態度で、理性的に、不当な行為をやめるように伝えるべきです。誤解されているのであれば、事実を明確に伝えましょう。自己主張は、怒りをぶちまけるために行うのではなく、自分を大切にするために行うとよいのです。その時に、暴言を吐くのではなく、相手にも一定の配慮をして表現します。このような心で主張できたら、心は成長し、新たな苦しみを増やさずにすむでしょう。
 
8.騙す人になるくらいなら、騙される人の方がよい。
 世の中には、人を騙したり欺いたりしてでも得をしようとする人が、残念ながら一定数います。こんな人に騙されたらとても悔しいですね。しかし、人を騙すような卑しい人になるよりは、騙されてしまった方がましです。次からは騙されないように、注意深くありましょう。そして人を騙さないように、誠実でいることを心がけましょう。
 
9.傷つける人になるくらいなら、傷つけられる人の方がよい。
 人を傷つけたり、弱みにつけ込んだり、威圧すると、一時的にすっきりした解放感を味わったり、自分が大きくなったような気持ちになるかもしれません。しかし、後々、トラブルや苦しみを招くことになりますし、恥ずべき行いです。加害者になるよりは被害者になった方がずっとましだと考えましょう。人に嫌がらせをされても、落ち込む必要はまったくありません。下劣な行いをしない自分に誇りを持ちましょう。傷つけた人は反面教師として、自分は他人を傷つけることがないように、注意深くありましょう。
 
10.ひとを傷つけてしまったら誠意をもって謝り、償う。
 人間は過ちを犯すことは避けられません。もしも人を傷つけてしまった場合には、過ちを認めて心から謝りましょう。起きてしまったことは変えられませんが、過ちの後の対応はこれからできることですし、その後にとても重要な影響を及ぼします。人を傷つけているのに、誠実な謝罪や償いをしなければ、心は不安定になるでしょう。不快な罪悪感をなくそうとして、精神安定剤を飲んでも、気を紛らわしても、カウンセリングを受けても、過ちを認めることから逃げていれば、決してよくならないのです。相手にもう会えないなど、詫びることができない場合は、心の中で誠実に懺悔をして、他の人のためになるよいことを精一杯行うことです。誠心誠意、反省して償ったとき、私たちの心に安らぎが取り戻せるのです。
 
11.他人の評価によって自分の価値は上がることも下がることもない。
 私たちは自分がもっている価値観で、他人のことをよいとか悪いとか、上とか下とか、好きとか嫌いとか、偉いとか偉くないとか、美しいとか醜いとか、勝手に評価したり、判断をしています。ですから、他人の評価に一喜一憂していたら、疲れ切ってしまうだけではなく、まったく意味がありません。他人の評価によって、自分の価値は左右されないということを心に刻みつけましょう。他人にどう思われるかではなく、自分はどんな人でありたいのか、自分が納得できる生き方をしているかどうか、心がきれいで成熟しているかどうか、それがいちばん大切なことです。
 
12.みんなに好かれようと思うのは欲張りすぎ。
 どんな人気者でも、どんなに素晴らしいといわれている人でも、全員に好かれるということはありません。必ず、一部の人からはケチをつけられたり、足を引っ張られたり、嫌われることがあるのです。罵られたり、蔑まれたことのない人はいないのです。ですから、みんなに好かれようと思っても、それは不可能な願望であることを理解しましょう。みんなに好かれたいと思えば思うほど、失望は大きくなり、対人関係が苦しく感じられるでしょう。他人が自分のことをどう思うかは、その人の自由であって、自分でコントロールできることではありません。一部の人に好かれたり、受け入れられることがあれば、それだけでも有り難いことなのです。そう思って開き直れれば、ずっと楽になるでしょう。
 
13.心を調(ととの)える技法を身につけよう。
 心が動揺しやすい人、不安や恐れに圧倒されやすい人、パニックになりやすい人、心が沈みがちな人、思考が止まらない人、感情のアップダウンが激しい人、夜眠れない人、クヨクヨしてしまう人、夢見がちな人、妄想に浸ってばかりの人、依存症の人、このような人は、心を調えるテクニックを学び、練習して、身につけると、一生役立つでしょう。たとえば、瞑想、呼吸法、ストレッチ、ヨーガ、気功などを正しく学び、正しく身につければ、どれも心を調えるのにとても役に立ちます。心が調えば、苦しみは減り、楽が増えます。このような技法は、副作用に苦しめられたり、依存してしまうこともなく、ひとりで実践するならお金もかかりません。ただし、どれも継続的に行い、努力することが必要です。しかしその努力によって、心身の健康や安定という大きな利益を得ることができます。